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光輝

現実で改めて俺と顔を合わせた女は、あのクソったれな世界で見たそのままの姿だった。俺の低い声を聴き、花が咲くように顔を綻ばせた。だが、俺を見るその両目は、俺の頭を突き抜けた先、ずっとその先を見ているようだった。演技には見えない。比喩ではなく、本当にそうしているように見えた。

奴は太陽のように眩く笑っていた。だが、光を失いかけていた。

奴が常に肌身離さず持ち歩く白い杖には、障害物への衝突を防ぎ、周りの様子を探り、目が不自由であることを近くの人間に知らせる役割がある。自分の命を守っているといっても過言ではないこの棒切れを、奴はそっと点字ブロックに滑らせる。アスファルトの灰色に映えるこのわざとらしいくらいの明るい黄色が、奴を導く光なのだろう。

奴の華奢な手が、俺の肘の上辺りを軽く掴んでいる。俺は奴の半歩前を歩く。歩く速さや歩幅を自然に合わせなければならない。俺の長い脚が窮屈で、短足になってしまいそうだった。

俺はまるで、ハーネスをつけられた盲導犬だ。駄犬に、犬扱いされている。盲導犬が仕事をしているとき、周りの人間は声をかけたり触ったり、食べ物を与えたりしてはいけないという。こいつに連れ添うようになってから、女に言い寄られることがなくなった。まるで、じゃないな。俺はこいつの盲導犬そのものだ。俺は、奴の目となり、光明となる。

奴はあの世界にいるときから、俺が何も言わなくても意図が伝わっているような聡い女だった。だがこの世界では、段差だの、階段だの、俺がわざわざ伝えてやらないと分からない。
段差や階段以外に何もないつまらない道をただ歩いているわけではないから、周りの様子もいちいち説明しなければならない。奴が俺の説明を聴いて微笑んで、『そこのコンビニ潰れちゃうんですか?』『コンビニみたいな形の、何かのお店ができるんだろうなあ』といった具合に勝手に想像を膨らませてくれるから助かる。奴の呑気な頭の中では、どんな街並みが広がっているのやら。

花屋の店先に並んだ花を見て立ち止まった。手触りが良さそうなたっぷりの花びらが俺を羨望の眼差しで見ていた。まるで奴そっくりな花だと思ったのだ。
リボンで結ばれた小さな束を胸に抱えて帰ろうとしたとき、香りがしないことに気付いた。香りがしないとなると、花が好きな奴であっても、なんの花か分からないのではないのではないだろうか。

「……あ。ラナンキュラス!」
驚くことに、奴は花に触れただけで名前を言い当ててみせた。だが、この花びらの重なりや、淡く色付いている箇所が見えないというのは、いささか勿体ないと思った。
「せめて、香りがするものが良かったんだが」
「香りはしなくても、私には分かりますよ。指先の感覚と、見えている色味を頼りにすれば、すぐに分かります」
奴は花束を持つ俺の腕の中に小さく飛び込んできた。
「永至さんは、何かの記念日でもないのに、なんでお花を贈ってくれたんですか?」
その息をするたび動くその背中を静かに撫でる。
「さあ、なんでだろうな」
「永至さん……今日は何か、悲しそう」

悲しい?
俺は、今まで生きてきて一度も、悲しみを感じたことなんてない。
だが、奴は今何かを感じ取って、それを思うままに言葉にしたのだろう。
その繊細な感受性は、評価してやってもいい。

奴の背中を抱き締めるように押し付けたラナンキュラスの鬱陶しいほど鮮やかな色が、目の奥を刺すようにちりちりと痛ませる。

お前は、なぜこの運命を受け入れられるんだ。
暗闇に閉じ込められるのが恐ろしくないのか。
なぜ自分が、と嘆かないのか。

俺だけなのか。いつまでもお前と同じ光を感じていたいと思っているのは。